友人

小中高、大学の友人は今でもたまに会う。学生の頃は、友達が多い方がなんとなく充実している、と思っていた。

友達が多かったり、SNSのフォロワーが多かったりする人を羨ましく思ったりもしたが、今では友達の多さとかはどうでも良くなった。自分の時間を大事にしようと思うにつれ、友達の質を大事にしようと思い、昔からの友人に会うにしても、「これって自分にとって意味あるかな?」とか考えるようになっていった。

将来のことを熱く語り合える友人、学びを多くもらえる友人を大事にしよう、と思うようになっていった。つまり、友人も損得勘定で選ぶようになっていたと思う。

実際、そう考えることで、自分の時間をより大事にすることができるようになり、周りに合わせず、より一層自分軸を強められるようにもなっていった。

「学びが多いな」と思う友人との付き合いを大事にしようと思うことが多い。「俺は、一人でも人生を楽しめる」と強く思えるようになってきた。しかし、昔の友達とたわいもない話をしたり、昔話で盛り上がるのも、居心地は良いと思うし、純粋に楽しい。

昔の自分に向きあい、それと照らし合わせて今をより大切にできるきっかけにもなる。いろんな友人の目標、夢を共有したり、仕事の話や家族の話を聞いて知恵や知識を得ることもできる。栄養を分け与えられる気分になる。

頻繁に会う必要はなく、程よく栄養(=学び、活力、元気、楽しみ)をもらうのが良いと思う。逆に、栄養を分け与えられる側になれるように、ベクトルを他の友人に向けて生きていきたい。


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